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飽萌の時代

今日、秋葉原のとらのあなに行ったんです。とらのあな。

……いや、別に吉野家コピペ改変をするつもりはない。新しく本店が出来たおかげでスペースに余裕ができて買い物が快適に出来たて嬉しいなあとか、同人ゲームはトールケースが増えてきたなあとか、店頭デモの見栄えを考えると 16:9 の画面でゲーム作ったほうがいいかなあとか、いろいろ思うところはあったんだけど、同人誌・ゲーム・CD、商業マンガ、ゲーム、CD、小説の山を見て思ったことがあるんだよね。


「オタク向け娯楽コンテンツって、実は飽和状態なんじゃね?」


コンシューマ・PC ゲーム(18 禁含む)に関していえば、別にここ数年で急激に市場や作品の数が増えたわけじゃなく、むしろ売り上げ本数としては 2000 年ごろを頂点に縮小してるはず。(この売り上げ低下の原因については、Winny とかの違法コピーの影響はあんまり無いと思う。テープやフロッピーの時代から違法コピーはあったわけで、いつの時代もそういう人たちは一定の割合でいただろうから。どっちかというと、当時の PS バブルと葉鍵ゲーに代表される泣きゲーバブルが異常だっただけのような気が。)

アニメの本数は、なんか増えてるみたいね。視聴率 1% でも 100 万人が視聴してるわけだから、宣伝媒体としては強力だもんねえ。気持ちはわからんでもない。ただ、自分がアニメ・マンガについては全然詳しくないのと、手元に使えるデータがないので、だれか、ほそく、たのむ。

今回は有意なデータを示すことができてないんだけど、個人的な感覚としては、ここ最近、流行ってるものを全然追うことができなくなってきてるってのがある。オタク的世間の動きに速さと広がりに追いつけなくなってきたんだよ。これを、自分が歳を取ったせいとか、オタクの価値観の多様化が始まってるから、とか言って片付けてしまうのはたやすいけど、どうも、いまひとつしっくりこないというか、現状に違和感を覚えるというか。

なあ、今、何が起きてるんだ?

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コメント (3)

じむ:

同じように歳なのか、フィギュア売り場を見たりしますが、私も一部を除いてこれが何のキャラかさっぱりわかりません。(苦笑)
こんなことを思うってことは今アキバを訪れる世代の人たちと自分は、物の価値が違うんだと実感しますね。

最近こうゆうコラムが書かれていたりします。

美少女ゲームは「ゲーム」なのか


ゲームの楽しみ方(価値感)も今の世代の人とは違ってきているんだなぁと感じました。

Heppoko:

ああ、フィギュアとかはもう自分にはわかんない世界です。

ただ、上記の東浩紀氏は、私と同じ葉鍵世代ですから、
ゲームの価値観云々については、そんなに新しいものは
持ってないんじゃないかなあ、とか思ってます。

一回、このあたりについてもまとめておきましょうかね。

とりと:

同じ気持ちでした。
以前は「萌えとはどういうものだ?」「こういうものだ!」という
イラストなりゲームなりにそれぞれが萌えについての解釈・具現化を行っていた時代がありましたね。
新しい解釈の萌えが出てきて注目してわぁーって騒いで。

でも今や萌えってなんだ?なんて考えてる人いないです。
みんな「萌えはあーこーいうものだ」ってそれぞれなんとなく頭に浮かべられる。
これがあらゆる違和感の原因かなぁと思ってます。
概念だったものが単なる記号になっちゃったんですよ。

新しい解釈が登場しえない概念の世界は頭打ちです…
それぞれの持ち場で楽しんで、論争も起こらず冷めていって
解釈の縮小再生産・ニッチ化が進んでいくのかな、
と感覚でしかないですが、感じてます。

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