絵描きと絵描きでないもの間に仕切られる絶対的な何か
を読んで、ちょっとだけ絵を描く人としての感想を。
今はそのコミュニティから離れたが、未だに、消費するだけの自分の行動に対して、少し後ろめたいものを感じている。「ならば絵を描けばいい」と軽々しく言われたこともあったな、その絵描きに。それは非モテのアレと同じく、簡単にそうできれば、後ろめたい気持ちになんてなるはずもない。
ここで「軽々しく言われた」なんて言ってしまう非絵描きのメンタリティが、絵描き側をイラつかせて角煮豚発言をさせてしまうんじゃないのかなあ。絵描きだって何もせずに絵が描けるようになったわけじゃなくて、お気に入り/憧れの絵師を目標に努力した結果、それなりの絵が描けるようになったというパターンが多いんじゃない? たぶん、絵描きと非絵描きそれぞれから見た、絵を描くことに対する認識には以下のように差異がある。
絵描きの認識 : 努力すれば誰でも絵は描ける(が、努力しなければ描けない)
非絵描きの認識 : 努力しても誰でも絵は描けるとは限らない
ここまでは、モテと非モテについての議論とそれほど変わらない。
が、仮に上記のような認識の差が存在するとするなら、半虹住民は
絵描きの半虹住民 : 努力すれば誰でも描けるんだから、おまえらも描けよ↓
非絵描きの半虹住民 : 俺には絵は描けないから、おまえらが描けよ↑
と言い合うことになり、これはまさにクレクレ地獄。絵描きの数(あるいは割合)が減少に転じると、まもなくクレクレスパイラルに突入。匿名だと誰から誰に対しての発言かは判断しにくいので、お互いにクレクレ厨呼ばわりすることになり、余計に事態は悪化。ひゃあ、こわいですねえ。
絵描きと非絵描きの認識の差は埋まることは無いと思うし、供給する側と享受する側の意識にギャップがあるのは別に珍しいケースじゃない。ただ、絵描きも非絵描きも、最終的にはクレクレ厨になってしまうというのは悲劇的だよね。
この件に関しては、萌え理論Blog さんの 絵に関する二項対立的思考 がよくまとまってると思うので、そちらもご参照を。


コメント (10)
努力しようとして挫折した身としては、
「努力すれば誰でも絵は描ける(が、努力しなければ描けない)」
と言われても、強者の言い分だなぁと感じざるを得ません。
この手の論争を見てると、「世の中には絵を描くこと自体が大嫌いな人がいる」
なんて思ってもみない人がいるんだなぁ思うときがたまにあって悲しくなります。
(絵描きさんのほとんどは絵を描くのが好きでやってるでしょうから、当然でしょうけど)
Posted by: Anonymous Coward | 2006年10月18日 20:24
日時: : 2006年10月18日 20:24
努力しようとして…の人でも
結局何も特に具体的なことをしなかったのに挫折した絵描きの人が多すぎる気もします。
デッサンをしてみる、ポーズカタログを模写してみる、人体書いてみる、静物着彩、構成…etcetc…なんでもいいけど、いっぺんでもちゃんとやってみたのかと。(最低でも100枚)
美大通ってますが、そう言う事をしないで挫折した人には”努力した”とは言って欲しくないと思ったりします
逆にすごく絵の上手い人の方が「努力しても誰でも絵は描けるとは限らない…」という認識を持っているような気がします。
「努力すれば誰でも絵は描ける」というのは逆に非絵描きの人が思ってそうだなぁと思ってたのでこの記事は意外でした。
Posted by: ito | 2006年10月18日 20:53
日時: : 2006年10月18日 20:53
> Anonymous Coward さん
正直なところ、私には「絵を見るのが好きだが絵を描くのは嫌い」という人も
「努力しても絵が上手く描けない」という人も想像できません。
きっと、どれだけ議論を重ねても、私と AC さんの認識の差を埋める事は
できないんだと思います。とても悲しいことですが。
ただ、「お互いに理解できない存在なんだ」ということが理解できれば
平和的に共存できるでしょう。
> ito さん
私の言うところの「絵が描ける」は美大の試験で通用するものではなく
Web で晒しても恥ずかしくないレベルの絵を指してるので…(汗
どの分野でも、トップクラスになれば努力ではカバーできない壁を感じても
おかしくはないのですが、それ以前の時点で壁を感じるのは変だと
私は思っているので、今回のような記事を書きました。
Posted by: Heppoko | 2006年10月18日 21:49
日時: : 2006年10月18日 21:49
絵が描けなくて挫折したという人は「上手く描けないと楽しくない」「絵は上手く描かないと意味がない」と思っているんだと思います。
描く行為自体が楽しかったり、上手くなっていく過程が楽しかったり、みんなとあーだこーだ言いながら描く事が楽しかったり…たとえ描いた絵が上手くなくても喜びを得られる人は描き続けられるんです。下手な絵を描きつづける事(=努力する事)が苦ではないんですから。
もちろん自分の下手な絵を見て落ち込んで上手くなりたいと思ってはいますよ。
でも、他に楽しめる要素があるので、なかなか上手くなれないからとやめる事はないんです。
(で、続けることで結果的に上手くなったりするんですけどね。)
まあこの「絵を描く事を上手下手の要素以外で楽しめる」というのも一種の才能と言えそうですけど…。
Posted by: 通り猫 | 2006年10月19日 03:25
日時: : 2006年10月19日 03:25
非モテは顔の良し悪しや身長などの生来的な要素はあるけど、絵には元々の差はないから余計に対立が激しそうですね。(努力や経験の違いはあれこそ)
勉強と同じで基礎を学べばある程度までは上手くなるものだから。
Posted by: com | 2006年10月19日 18:43
日時: : 2006年10月19日 18:43
ぉぃらはそんなに絵がうまい方じゃ無い。
描いてると楽しい。それだけで良いんじゃないだろうか。
下手だから嫌だなんてそれは恥ずかしがってるだけ。
自分なりの絵を適当でもイイから描いて描いて描いて
そすれば味が出てくる。
だからぉぃらに”絵がうまいねー”とか言ってくる奴には
「味が出るまで書き続ければ大丈夫」
って言う事にしてます。
Posted by: kagi | 2006年10月19日 19:57
日時: : 2006年10月19日 19:57
努力してますなんて言っちゃだめ
頑張ってるのなんか当たり前なんだから
Posted by: img「」 | 2006年10月23日 20:16
日時: : 2006年10月23日 20:16
描けるけど描くの大嫌い、絶対描きたくないって絵描きとか。
大人になれば絵なんか誰でも描けると思ってた絵描きとか。
いろいろな知り合いがいました。
アニメーターやってた自分ですが、絵が描けるとは自分で言えない・・・。隣のプロ漫画家と比べれば、雲泥すぎて泣けてくるから。
Posted by: nagi | 2006年10月25日 22:27
日時: : 2006年10月25日 22:27
日本の美大生は、入る前から訓練してるのに、
海外の美大生は、入学時は下手だったよ。
でも、「勉強してどんどん上手くなる」。
プロの、アーティストになるための授業だった。
日本みたいに、放任主義ではない。
ただ、最初からいい絵を描く人も
「変化がなければ進級できない」んだ。
完成されてるなら、学校にいる必要ないからねー。
日本人が、アートみたいにアウェー戦じゃなくて、
ガチで何か生み出せるのは、マンガだ。
どんな表現でも、
作品の主体は、作者ではなくて観者だと思う。
自分以外に、観る者がいて、初めて作品になる。
美術の場合は、未だこの世に生まれていない
鑑賞者に向けて表現してる。
Posted by: ポルケ | 2009年1月15日 14:44
日時: : 2009年1月15日 14:44
非絵描きの半虹住民 : 俺には絵は描けないから、おまえらが描けよ↑
↑逆に描けない人ほど「描き方のコツさえわかれば
(教えてくれる人いれば、勉強すれば)
俺だって描けるけど、しないだけ」と絵に限らず思ってると思う。
つーかみんな描きたくないしめんどくさいだけだと。
楽な方法で欲望を満たしたい、消費したいだけだから描ける人に神!とかいって依頼してるのかも。
くれないと暴言してみたり。
>私の言うところの「絵が描ける」は美大の試験で通用するものではなく
Web で晒しても恥ずかしくないレベルの絵を指してるので…(汗
なるほど納得しました。
でも努力で誰でもかけるっていうのは、?って感じです。
努力である程度までいける人っていうのは、
”努力すればある程度までいける才能”を持った人だと思うので。
でも、不器用でもかなり努力すれば、酷くない程度まではいける、というのでしたらあるかも。
Posted by: ganmo | 2009年3月22日 01:12
日時: : 2009年3月22日 01:12